インドネシアでは、点在していたさまざまな科学技術関係の研究所をBRIN(National Research and Innovation Agency)という一つの組織に2021年9月に統合した。BRINは政府の省と同等レベルの巨大な組織となった。大きく分けて12の研究部門があり、Eniya博士は現在、エネルギー&製造の研究部門に所属している。研究員でありながらコーディネータ職も兼務する。RD20には昨年出席、今年のイベントにも参加する予定である。RD20に対する思いを聞いた。
Eniya研究員は、2019年京都で開催されたSTSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際会議)に参加した。その時に当時の安倍晋三首相の話を聞き、その後、第1回のRD20が開かれることを知った。RD20はSTSフォーラムよりももっとエネルギーにフォーカスした会議だと聞き、より自分の専門に向いていると思った、と同氏は語っている。
現在、Eniya氏は、研究員でありながら、燃料電池と水素技術のコーディネータという仕事にも就いており、エネルギー&製造部門に属している。仕事の重要な部分は研究者でありながら、最近はエンジニアリング技術を中心に産業界に近い応用研究にも携わっており、燃料電池を中心にいくつかのプロジェクトを受け持っているという。例えば、ある日本の自動車メーカーのインドネシア法人とコラボレーションしており、燃料電池車を試作している。また、別のプロジェクトでは、全国各地に電力を供給する電力会社であるPLN(英語でNational Electricity Companyという国営企業)とも地方で燃料電池を実際に動かすパイロット計画を進めている。
BRINはPLNと協力して脱炭素と同時に、新技術も開発している。燃料電池や、電気分解装置による水素発生などの新技術である。今朝、別の自動車メーカーとも話をして、彼らは水素発生用電解装置の製造に関して、インドネシアの地場企業とのコラボレーションを検討している。
さらにBRINは、インドネシアのジャガマダ大学やバンドン工科大学ともコラボしている。Eniya氏は、インドネシアの水素研究のエコシステムをコーディネートしているという。例えば、エネルギー省も水素に関する情報を求めているため、水素に関する共同研究などをBRINと省内で共有するようにしている。さらに、CO2削減のためにインドネシアにおける水素推進のロードマップのアクションプランを作り、それをエネルギー省へ提案しているほか、水素のエコシステムを確立することも政府に提案しているという。
水素の利用では自動車やバスなどの輸送機器、工業利用、カーボントレーディングの問題は残っているが、新しい規格が必要になる。輸送機器に水素タンクを載せる場合の高圧容器などの規格を決めなければならない。特に産業省、運輸省に新しい規格が必要となる。24年までにEniya氏は規格を決めたいと述べる。そのために来月には最初の委員会(委員長はEniya氏)を開く」。日本ではJIS規格があるようにインドネシアの国家規格を決める。さらに国際規格ISOにも合うように若干の変更を含め、ISOとして対応していくという。6カ月先には決まると思う、と楽観的だ。
まずは運輸省規格を作り、自動車への応用をはじめ、さらに工業用の規格へと進めていく。さらにアンモニア(NH3)のエネルギー源としての規格も決める必要があるという。
インドネシアでは1万7000もの多くの島があり、それぞれの島に電力をどうやって供給すべきか悩ましい問題となっている。小さな島々では現在、大きなディーゼル発電機で発電しているが、これからは太陽電池にシフトしつつある。脱炭素を実現するうえで、今はディーゼル発電機とソーラーの共存が始まっており、徐々にソーラーへとシフトしていく方針だ。
この6月にインドネシアで水素の国家戦略を検討する会議が開かれ、エネルギー省や企画省、国営企業などと、水素のエコシステムを構築することで合意した。政府もCO2削減を理解しており、2060年のカーボンニュートラルを目指している(日本では2050年が目標)。
CO2削減に向けて様々な施策を行っている。石炭の使用を減らしていくこともその一つ。ジョコ大統領は2045年までに石炭をゼロにする目標を立てており、多くの分野でCO2削減に向けて取り組んでいる。
Eniya氏はBRINになる以前は、バイオディーゼルの研究に取り組んでいた。交通運輸関係では、乗用車や公共交通、トレイン、船舶などにバイオディーゼルを応用しようとしていた。バイオディーゼルはヤシの木を原料とし、軽油にヤシ油を混合させる燃料。ヤシ油30%のB30はすでに商用化されているため、B35からB40を目標として開発している。しかし、B40では新たな規制を策定しなければならないという。
バッテリの開発も重要だ。政府はEV(電気自動車)向けのバッテリ工場をインドネシアで2020年代に設立することを目指している。そのために政府はインドネシアに鉱業を創出することを望んでいる。外国企業がNi(ニッケル)を掘り起こしそのまま輸出させたくないからである。国内で鉱業を起こし、ニッケルの付加価値を上げてから輸出するための規制を定めるのである。EVのサプライチェーンの中にインドネシアも含ませようとしている。
また、ソーラーパネルは今後もマストであるから、政府の建物だけではなく、一般家庭やビルの屋根にもソーラーセルを取り付けることを政策として推奨している。
今年のRD20には出席する予定であり、サマースクールは来年主催予定である。昨年のRD20ではインドネシアにおける水素開発の状況を講演した。今年のトピックがCCU(Carbon Capture and Utilization)になれば、他のメンバーが講演するという。
昨年テクニカルセッションでは3つのパラレルセッションがあった。「私は全てのセッションに参加してみたかったのですが、昨年は自分の専門のセッションだけに留められました。今年はどのセッションにも参加できるようにしていただけるとありがたいです」とコーディネータとしての立場から願っている。「RD20は水素、太陽電池、脱炭素など大きなテーマで専門的に話し合える唯一の会議だと思うが、パラレルセッションは私にとって良くない。いろんな技術をコーディネートする立場上、全てのテーマを網羅しておきたい。せめて、パラレルセッションでも、講演をオンデマンドで見られるようにしていただきたい」と述べている。
もう一つの要望として、産業界の人たちとも話ができることを望んでいる。「例えばエネルギーストレージのための巨大なバッテリ工場で爆発事故が韓国であったという話を聞いているが、どんなタイプのバッテリが、どのような条件でどのような状態になったのかを産業界の人から聞きたい。それを自国のバッテリ生産でどのようなリスクがあるのか、それを分析して生産に生かしたい」という。また、「電解装置の場合も昔、小さな爆発事故を経験したが、その時の知見を共有するとそれを活かし事故を未然に防ぐことができる。事故やミスなどの情報はなかなか表に出にくいが、できればみんなで情報を共有して事故を防ぎたい」とEniya氏は真剣に考えている。
セミコンポータル 編集長 津田健二