カナダ最大の研究技術組織であるカナダ国立研究機構(NRC)は、1916年に設立されて以来、ビジネスイノベーションと科学技術の発展を支援してきた。
NRCでエンジニアリング担当理事を務めるJean-François Houle氏によると、NRCは、カナダ国内各地に設置した専門施設によって構成するネットワーク、卓越した研究の追求、そして76年の歴史を持つ産業研究支援プログラム(NRC IRAP)を通じて、その使命を果たし続けており、カナダの革新性ある中小企業のイノベーションを促進し、アイデアを市場に投入するための支援を行っている。さらに、RD20イニシアチブ等、二国間及び多国間含む国際パートナーとの協働によってNRCはその目的達成に向けて取り組んでいるとHoule氏。
Houle氏によると、NRCはカナダ各地で126の主要な研究開発施設を運営している。これらは、先進的な製造技術・クリーンテクノロジーからエネルギー・天然資源、健康・バイオサイエンス、輸送までをも含む特定分野にフォーカスした12の研究センターに分かれている。これら研究センターには総勢2,000人を超える科学者、エンジニア、その他の技術専門家がおり、その研究基盤を活用したい企業を支援しているそうだ。
また、特に中小企業を中心としたビジネスイノベーションを支援するための研究開発も行っている。NRC産業研究支援プログラム(NRC IRAP)は、技術的助言と資金提供によって、中小企業の技術開発とその実装を支援することを目的としている。Houle氏によると、同プログラムは近年では、平均して年間9,000以上の中小企業に対し支援を実施しており、これには3,000超の近隣国企業に分配された約5億カナダドルの資金提供も含まれる。
これら施設やプログラムは、さまざまな方法でイノベーションの推進に寄与している、とHoule博士。クリーンエネルギー分野における一例として、グリーン水素生産の改善に注力するカナダのテクノロジー企業パルセニックス社を挙げる。ドイツとカナダの新興テクノロジー企業と協力して次世代製品を開発していた同社は、NRCとIRAPに支援を求めた。パルセニックスは、NRC IRAPを通じた資金援助を得たのに加え、NRCのクリーンエネルギー・イノベーション研究センターの協力を得て、実環境下での試験を実施、電解装置をより効率的かつ大規模導入可能にし、カナダや他の地域での持続可能な水素社会実現への道筋をつけることに貢献した。
Houle氏によると、ビジネスイノベーションに対するNRCの継続的な支援は、NRCが2024年に発表した「ストラテジックプラン2024-2029」によって強化された。この計画では、気候変動と持続可能性、健康とバイオ製造、デジタル・量子技術、基礎研究、という4つの重なりあう研究・イノベーションの重点分野が焦点となっている。
同様に、NRC理事長Mitch Davis氏も、計画によせる声明の中で、カナダ企業が「国内および世界市場に影響を与える業界のリーダー」となることを目標として、中小企業のイノベーションを支援するというNRC IRAPの役割を強調している。
NRCは国内での取り組みに加え、国際的な分野でも非常に活発に活動している、とHoule博士。RD20を含み、二国間及び多国間の幅広い協力事業に従事している。NRCはパートナーとの補完的な関係を重視しており、「われわれは、考え方が近い人や組織と連携して、新規技術やソリューションの開発を支援しているのです」と説明する。
NRCは東京にも事務所を設置しており、これまで産業技術総合研究所、理化学研究所、国立天文台、情報通信研究機構(NICT)といった日本の研究機関と連携してきた。
国際共同研究課題の募集の一例としてHoule氏は、NRCが科学技術振興機構(JST)と実施中の、5団体以上のパートナーによるコンソーシアムの取り組みを挙げた。参加各団体は、「高齢化社会における幸福、より良い生活環境、社会的繋がりを維持する、Well Beingな高齢化のためのAI技術」をテーマとする各種の共同研究プロジェクトに取り組んでいる。その目的は、人々が健康と自立を維持し、より長く生き、生産的であり続けられるようにするための支援的なテクノロジーを開発することにある、とのことだ。「私達は良い歳のとり方を模索しているのです ― それが可能なのであれば」とHoule氏は説明する。
NRCはまた、ドイツと英国の研究資金提供機関と共同でコンソーシアム提案募集を複数回実施してきた、とHoule氏。ドイツの場合、重点が置かれてきたのは工業生産向けのAIソリューションや低炭素水素技術の研究だ。一方、英国が関与する共同事業では、先進的製造技術や製造プロセスの高速化のための機械学習技術の活用などに取り組んできた。NRC IRAPはまた、バイオ製造、量子技術、クリーンテクノロジーに関与する中小企業など、カナダと他の国々との間の連携を促進してきた、とHoule博士は述べた。
博士によれば、NRCは、RD20を含む複数の多国間フォーラムに関与している。その1つがユーレカ(EUREKA:欧州先端技術共同研究計画)だ。産業研究開発協力のための世界最大の国際ネットワークと呼ばれ、世界各地から45カ国以上が参加している。カナダは2012年に準加盟国として参加したのち、2022年に正式加盟国となり、2024年から2025年まではドイツと共同議長を務めた。NRCは、ユーレカのネットワークの利点に、参加者同士がカナダの国境を越えて連携し、成長するために必要なサポートやサービスにアクセスできることを挙げている。
そうしたネットワーク構築の可能性がもたらす利点こそが、RD20イニシアチブがNRCやカナダにとって非常に魅力的な理由だ、とHoule氏は言う。先に述べたように、NRCの研究拠点の1つはクリーンエネルギー分野に特化している。RD20は、NRCの研究者に対し、他の国で適用されているアプローチや技術について学ぶ機会を提供する。
「そういった中には非常に地域的なものもあります。地域的な制約やアプローチに人々がどう向き合っているのかを知るには素晴らしい場所なのです。ライフサイクル分析(LCA)や技術経済分析(TEA)ですらも、その人が暮らす地域や利用可能な研究資源に大きく依存します。私達はそこから非常に多くを学びました。」とHoule博士は言う。
さらに、他の研究者がどこに着目しているかを知ることで、カナダ自国のクリーンテクノロジーを開発するためにどのようなアプローチがより効果的なのかを発見する助けとなってきた、とも述べた。またカナダの人口が比較的少ない(カナダ政府の統計によれば2025年半ばで約4,150万人)ことを指摘して、「私達には国を超えて協力する必要があるのです」と述べた。
博士はさらに以下のように付け加えた。「世界中のさまざまな人たちと協働することは、間違いなく素晴らしいものです。自分たちが、一人一人が専門知識を持ち寄るグローバルバリューチェーンの一員であることを意識すること。それが繁栄につながり、持続可能な世界を生み出すのです。私達にとって、それこそが、こうした大規模な多国間フォーラムで協働することの大きな原動力の1つなのです。まさに人々の交流なのです。」
Houle氏自身、第7回RD20国際会議のテクニカルセッションプレナリーにて基調講演を行うほか、他のテクニカルセッションにてNRCの研究者らがカナダのエネルギーの将来を支える研究について発表する。
一方で、自身のスピーチでは、カナダがその地理的および資源的な条件ゆえに独自のニーズを有していることを強調したい、と博士は言う。しかし、それらニーズに対応するためにカナダで開発された技術であっても、その一部は、他国におけるニーズに対応するために応用されることで波及効果をもたらす可能性がある。
「カナダは経済の規模が小さいので、我々が協力することに意欲的であることを強調したいと私はいつも思っています。我々は専門分野を特定し集中させていますが、協力関係を求めているのは間違いありません」とHoule博士は言う。
「私達は日常生活のための技術ソリューションに尽くしていますが、そうしたソリューションが世界をより良い場所にすることに役立っていくことを願っています。まさにそれが、私達の目指すところなのです。」