環境先進国ドイツ。そして欧州最大の応用研究所であるフラウンホーファー研究機構(Fraunhofer Gesellschaft)。ここに再生可能エネルギーに関する欧州最大の研究所であるフラウンホーファーISE(Institute for Solar Energy Systems)があり、持続可能で経済的、そしてセキュアなエネルギー供給システムを推進している。同研究所は社会に役立つ研究をミッションとして掲げており、クリーンなエネルギーの提供、配送、ストレージ、そして利用に関して研究している。産業界との関わりは深く、起業につなげ、国内外の協力も推進する。同社研究所の水素技術部門部門長Christpher Hebling教授に今年のRD20への抱負を聞いた。
フラウンホーファー研究機構(図1)が抱える3万人以上の人員はドイツ各地にある76の研究所や研究ユニットに分かれており、全体の予算は30億ユーロだが、産業界や大学との契約による研究による収入25億ドルを得ている。その研究所の一つであるフラウンホーファーISEは、再生可能エネルギーのコストを下げたり保存したりするような研究に力を入れており、持続可能なクリーンエネルギー技術の先頭に立つ。
優れた研究結果、産業界のパートナーとのプロジェクト成果、スピンオフ企業、およびグローバルな国際連携を通して、フラウンホーファーISE は世界のエネルギー システム変革に貢献している。 フラウンホーファーISEは、企業と協力して、自らのアイデアを社会に役立つイノベーションに転換しその研究範囲は、基礎材料研究からシステム統合にまで及ぶ。
フラウンホーファーISEの水素技術部門の三つの主要研究は、再生可能エネルギーを使った水素の生成と、輸送分野での燃料電池、そして熱化学プロセス、である。水素バリューチェーン全体のライフサイクル評価と技術経済分析も行っている。燃料電池車は日本のトヨタがリードしてMIRAIを作っているが、欧州ではまずはトラック、それも積載量40トンまでの大型車により多くの燃料電池を使う応用に注力している。熱化学プロセスの分野では、合成燃料や化学品製造のための研究から、パイロットプラントの建築まで、触媒や反応プロセスを研究している。触媒開発や反応装置、プロセスの設計、プラントの自動制御などデバイスの生産技術は、研究活動の一部である。フラウンホーファー ISE は、産業用アプリケーションに大きな影響を与える技術的ソリューションを開発し、マス マーケットにスケールアップできるようにする予定である。
2019年に始まったRD20において最初から参加したHebling教授の話しは、フラウンホーファー全体からソーラーエネルギーシステムや、水素を燃料および化学物質としてのより長い鎖の分子に変換する研究にまで及んだ。さらには自分の部門についても触れている。科学者やエンジニア、学生合わせて150名の研究者を抱えており、水の電気分解から始め、モバイル用の燃料電池、合成燃料(アンモニア、メタノールや長い分子への変換)など全体のバリューチェーンについて語っている。
2020年の講演では、欧州とドイツでの水素の役割、持続可能エネルギーシステムや気候の安定性などの概要について述べ、具体例にも触れている。欧州における気候変動に対して55のプログラムを推進しており、2050年までに達成しなければならない気候の安定性の目標に向けた活動に力を入れている。
RD20での感想をHebling教授に求めると、「RD20は素晴らしいプラットフォームであり、アドバイザリ委員会も最初から良くできている。ただ、コロナ禍によってリアルの場でのミーティングの機会が失われたことは残念だった」と語っている。
これまで自社だけの技術を開発し競争してきた企業や研究機関が一緒にコラボレーションすることは重要。加えて、エネルギーの大転換が起きようとしている。これまで石油や石炭のような地下の化石資源を使って行政から大企業、中小企業までエネルギーや輸送手段を使ってきたが、これからは太陽光、風力、水力発電などの地上のエネルギーでしかも無料という資源を使うことになる。風力も太陽光も無料であり、環境発電をみんなで使う。これまでの地下資源だと、資源を持つ国と持たない国で勝者と敗者がいたが、みんなが無料のエネルギーを使うことでそのような争いはなくなる。G20の共通プラットフォームは、みんなが一丸となってエネルギーの大転換フレームワークを目指すことである。
国際協力は、各国の文化や行動様式、人的交流などを理解することから始まる。Hebling教授は「自分が日本に来た時に『ワビサビ』の世界を学んだ。オーストラリア、サウジアラビア、米国やカナダ、南アフリカなど水素による気候中立性に関心を持つ多くの国を知ることによって協力できるようになる。例えば、南アフリカはプラチナやルテニウムなどの主要な貴金属の原産地であり、それらは電気化学や熱化学、触媒プロセスに利用できる。サウジアラビアやUAE、オマーン、イラクなどの中東ではマネーフロー(資金循環)が活発であり、チリやヨーロッパ諸国なども同様である。新エネルギーの世界では、個人的な意見だが日本は良いモデルとなっており、水素技術を先導してきた。2017年に日本政府は水素基本戦略を発表し、水素の国家的枠組みを初めて採用した。 法律や計画を策定し、日本は2030年までに300 万トン、2050 年までに 2,000 万トンの水素を生産するとしている。今や世界の40ヵ国が水素エネルギー戦略を脱化石エネルギー経済、戦略の一部として国家として打ち出すようになっている」と国際協力の重要性を語る。
同教授は、「次のRD20では、それぞれの国が政府や資金、研究計画などを含めた様々な協力について話すだろう」と期待する。「特に、水素エネルギーに関する規制のフレームワークをしっかり作ることを訴求したい。まだきちんと定義されていないからだ。持続可能な燃料の合成や触媒のために効率が良くコスト的にも有利な触媒を開発する研究がさらに必要である。加えて、水素と水素誘導体の世界的インフラの導入が国際水素経済の前提である」と言う。
エネルギーの製造から利用部門への応用まで全体の水素バリューチェーンから見たLCA(ライフサイクル評価)を作るという。カーボンニュートラルとは、1トンの水素生成で、排出するCO2は、1トン以下でなくてはならないということだ。現在はまだそのレベルに到達していないが、水素生成量とCO2排出量の比を決めて許容値や地球規模のグリーン水素の標準値を決めなくてはならない。また、CO2排出がまだ多い現状では、CO2を捉えて地下などに貯蔵するあるいは固形物にするという考えもある。許容値と実際の値を緑、青または赤で色分けし、エネルギー転換のロードマップを作っていく。
そして次のステップは、投資先を募ることになる。世界には民間投資家から国家レベルの投資家までいる。しかも投資家たちはグリーンテクノロジーを歓迎している。あらゆるレベルの投資家に、化石由来のカーボンからグリーンテクノロジーへ転換する全バリューチェーンを形成するのに数兆ドルレベルの投資が必要であることを訴求していく。実際の水素産業への貢献やインセンティブや、パイプライン建設のようなインフラなどに国家レベルの投資が必要となる。
実は「日本に国家レベルの事業で成功させた事例がある。1964年の東京オリンピックを目標として新幹線や高速道路などのインフラを構築し、ビジネス発展を後押しした。これを良いモデルとして、持続可能なエネルギーシステム、すなわち水素の生産者と各エネルギー分野での利用者をつなぐ国家インフラ、を今こそ構築する必要がある。これは民間にはできないことだ」と同教授は強く訴えた。
セミコンポータル 編集長 津田健二